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受け継ぐために、苗を植えよう!「石峯寺ラボvol.2 茅葺き編」

ミーンミーンミーン…。蝉の声を聞きながら、暑い夏に縁側に座ってすいかを食べる家の屋根は茅葺き屋根を連想する人も多いだろう。それはだいたい祖父母の家で、非日常を味わいに来た夏休みで、自分たちの日常は普段はクーラの効いた部屋で涼んでいる暮らしをしている人がほとんど。多くの人にとって今やそれは過去の思い出で、どちらかと言えばノスタルジックなものなのかもしれない。

しかし、神戸にはそんな茅葺き屋根が800棟ほどあり、実は今もリアルな暮らしの風景だ。神影工房のある神戸市北区はそのうちのほとんど、700棟ほどがある。そして、それを守るための動きも起こっている。そんな地域で今回行われたのは前回の歴史散策編に次いで、石峯ラボvol.2茅葺き編だ。

淡河町神影の竹林寺、十輪院は茅葺き屋根で、十輪院は金属で覆われている。竹林寺も2004年に葺き替え工事を行う前までは金属で覆われていた。竹林寺の補修は、平成16(2004)年度~平成19(2007)年度の4年計画で実施さ、震災等による建物の傾き、不等沈下に伴う構造、内装部分の修理、茅葺き屋根の復元が行われた。この時に、金属板が撤去され、東北地方から入手したヨシで復元されたという。

見上げれば茅葺きが見える十輪院の土間でレクチャー

「金属葺きというのは、めくれば草の茅葺きです。」

茅葺き屋根について説明して下さるのは、神戸市教育委員会文化財課の橋詰さん。勾配がきつい金属屋根の民家は全て草の茅葺き屋根だったのだが、草の屋根は劣化が早く、メンテナンスの必要性から、今、神戸の茅葺きの9割がその上から金属板をかぶせられているそうだ。

その話の中の情報やデータは以下PDFをご参照いただくとして、橋詰さんの個人的見解として民家が面白いと話す。

石峯寺ラボvol.2茅葺き編 講義概要(PDF/3.2MB)

民家は生活様式を敏感に反映されるからこそ当時の暮らしぶりが伝わる。ただ、だからこそ民家として残るのは非常に難しいそうだ。誰もたまに訪れるのであれば茅葺きは良いなぁと感じるが、住むのであれば電気を使って空気の流れを制御し、年中気温が一定で、段差がなくて、明るくて、メンテナンスがあまり必要ない家が良いだろう。茅葺き民家は、そういった生活スタイルの変化や後継者問題などの社会的な理由でなくなってしまうことが多い。

しかし、神戸には多くの茅葺き屋根の民家が今も残っていて、そのルーツは室町、あるいは鎌倉とも言われる日本最古の古民家「箱木千年家」もある。日本最古まで民家のルーツを遡れる場所、神戸の魅力は大変奥深い。

民家以外でも、同じ淡河町の南僧尾に位置する兵庫県指定重要有形文化財「南僧尾観音堂」の復元も行われたりと近年はそれらを守る活動も少しずつ起こっている。

十輪院の土間の上を見上げれば二重梁の上におだち鳥居組と呼ばれる骨組みが見える。神戸にある日本最古の古民家、箱木千年家と同じだ。

竹林寺も十輪院と同じ骨組みで、ご住職に説明していただきながら見学した。

そんな神戸で茅葺き民家の魅力を発信するために活動されているのが、NPO法人神戸茅葺きネットワーク代表の大前延夫さん。淡河町と同じ神戸市北区に道場町という町があり、そこの茅葺き物件所有者を中心として活動されている。

昔は家の周りで毎年取り続けた茅を屋根裏等にためて、近所の人と屋根を葺き合う「結(ゆい)」という仕組みがあったため、茅葺きはコストのかからない方法だった。「去年はうちの家を手伝ってもらったから、来年はお宅の家の番ですね」というように。しかし、今は茅葺き屋根の家も減ってその仕組みもなくなり、葺き替えるのは職人の仕事というのが普通になった。材料の茅の調達も含めてすべて現金に換算されるので、葺き替えは莫大な費用になる。葺き替えの頻度は葺く材料やメンテナンスの状況によるが、例えば20年や30年に一度で、金額も規模によるが、例えば500万円、大きければ1000万を超えることもあるらしい。それが維持できず耐久性を持たせるためだけに金属屋根をその上にかぶせてしまうのがほとんどだが、そこらに生えている草を集めて仕上げられた屋根は周辺の景色とよく調和し、見るものの目を楽しませてもらっている立場からすればもったいない。

茅を育てよう

そこで、大前さんたちは茅を育てることで資金面での負担を減らすとともに、茅葺きの魅力を発信してファンを作ったり皆で集まって、活動していくことにした。それが結果として建物を維持し、昔ながらの古民家の良さや地域の風景を守ることに繋がると考えた。茅葺き屋根を買うのでなく、茅葺き屋根を巡る暮らしの営みも復活させながら、みんなで守って行く。今は茅場作りはじめて3年になった。茅場とは茅を採集する場所のことで、ススキやヨシなどの群生したところだ。

今、神戸市北区の農村部では草原を茅葺きで使う材料やその他での利用をしなくなり、ススキが群生していたところも草原の利用価値も低くなり、放置されることによってササやクズなどの優占となった草原が多くなってきている。ササはとても生育力が強く、地下に伸びた茎からどんどん生えてくるし、背も高く硬いので刈り取りも厄介だ。ササの草原をススキの草原に戻そうとすると、ススキ草原の頃のような年に一度の刈り取りと火入れの管理に加え、夏期に1、2度、ササのみを選択して刈り取りを行ったりを毎年根気強く続けるか、あるいはススキをどこかから持ってくるなどの方法がある。大前さんが実践されたのが後者、ススキが生えている場所から持ってくる方法だ。

茅がきれいに生えているところが近隣になかったので休耕田に「みんなの茅場」という看板を立てて茅を植えた。1,2年目はあまりうまくいかなかったが、エンジニアとしての経験を生かして1000株近く生えたススキの1株ごとに生育データを取り続け、どのようにするとどう生育するかを考察し続け3年目の今年、ようやく成果が出始めたそうだ。1000行近くのエクセルのデータの一部を見せていただいたが、ものすごい労力だ。思わずその意欲の出所を尋ねてみると、「親が持っていた家を引き継いで行きたい気持ちとともに、定年を前にして世話になった社会に自分なりに還元できることをしていきたいと思うようになった」と話をして下さった。

茅刈りはイベントにしている他、茅葺きを身近に感じていただくイベントなども実施しておられるので興味あればぜひご参加いただき、茅葺きをサポートするとともに、茅葺きを巡る人と自然、人と人の繋がりを感じていただきたい。

神戸茅葺きネットワークのFacebookページ

皆で守る茅葺き屋根のある風景

熱い気持ちに触れる時間のあとは、ここ淡河町神影でも茅場をつくろうと、周囲の茅場候補地を皆で見て回った。橋詰さんと大前さんの話は質問が絶えない時間になってしまいせわしなく見て回ることになったが、眼下に広がるのは棚田と山しかなく、本当はぼうっと見ていたいくらい美しい風景だった。

大前さんの活動も石の上には三年。苗を植えて行くところからはじめる地道な活動ではあるが、それは続けて行けばきっと皆で大事な茅葺きを守る一歩になるだろうと大前さんの話を聞き、神影工房の面々の思いも確信に変わったことと思う。

草を刈り、火をつけ、人が手を入れてこそ保たれる里山の大切な風景をみんなで支えて行く一歩がここでもはじまった。

お寺周辺の田んぼは棚田になっている